89 kgからの始まり
運動経験なし、体重89 kgの58歳だった。「遅く走れ」という常識を疑っていたので、疲労骨折明けの体で11週間試した。62.6 kmを走り終えて、脚は残っていた。
1964年10月、東京オリンピックのマラソンで、アベベは2時間12分11秒で走った[1]。私はそのとき生後9か月だった。60年後、私は富士山の12kmを2時間11分17秒で登った。
還暦の前に
運動の経験はない。そもそも運動が嫌いだった。2022年の初め、58歳で、還暦の前に何かやろうと思い、宮古島100kmワイドーマラソンにエントリーした。
その年の2月、体重は89.0 kgあった。5 kmを走り切れなかった。10月には62.7 kgになっていた。
減らし方は決めていた。1か月に、体重の5%ずつ。8か月の平均では、月4.3%だった。
無理な食事制限はしていない。減らしたのは総カロリーだけで、栄養の釣り合いは崩さないようにした。食事は記録サービス(あすけん)で管理した。有料会員になり、自分で作る料理のレシピを登録して、塩分や脂質、材料、調理法まで記録に反映されるようにした。
体重と体組成は毎日、同じ時間に、同じ服で、同じ体組成計で測った。家庭用の体組成計は、体に流した電気の通りやすさに、年齢や性別などを組み合わせて体組成の数字を推定している[3]。機種を替えれば、推定の式も変わる。替えたい気持ちはあるが、記録がつながらなくなるので、先に延ばしている。
この速さには、目安がある。米国の疾病対策センター(CDC)は、続けやすい減り方を週0.45〜0.9 kg(1〜2ポンド)としている[4]。私の8か月の平均は週0.76 kgで、この範囲に入る。
ただし、反対向きの結果もある。運動選手を2つの速さで減量させた比較試験では、週に体重の0.7%ずつ減らした組は除脂肪量が増え、1.4%ずつの組でははっきりとは増えなかった[5]。私の月5%は週に直すと約1.2%で、速いほうの組に近い。実際、私が減らした重さの4分の1ほどは、脂肪ではなかった(第21話)。
大会は2024年1月21日、60歳の誕生日の翌日だった。還暦の行事にちょうどいいので、この年のこの大会に決めた。100 kmを12時間59分21秒で走り終えた[2]。翌年は千羽海崖トレイルを選んだ。こちらは誕生日の前日である。
宮古島100kmワイドーマラソンは、第36回をもって終わった[2]。
疑っていたので、試した
「練習の大半は遅く走れ」。ランナーなら誰でも聞いたことがある。一流の持久系選手でも、練習の約8割は低い強度だという[6]。
私は疑っていた。遅く走って、速く長く走れるようになるのか。
試す機会は、望まない形で来た。2025年7月、右の脛の骨を疲労骨折した。そこから半年、走れたのは月に5〜73 kmだった。2026年2月の再開時点で、続けて走れるのは80分ほど。集計サイトの体力の指標(CTL)は8.8で、ほぼゼロからの出直しである。
目標は、11週間後のチャレンジ富士五湖62.6 km。条件は一つだけにした。練習の大半を、遅く走る。
試すなら、測る。いま、腕には時計が2つある。2023年の富士五湖では、時計の電池が最後までもたないと分かっていたので、最初の2時間は電源を入れなかった。その後、Apple Watch Ultraに替えた。今のUltra 3は、衛星通信が使えるので買い替えた。山奥の圏外で何か起きる可能性は、年とともに増えると考えている。もう1つのSUUNTOには、胸ストラップをつないで心拍を測る。
測った記録の解析と練習計画には、生成AIを使っている。人間のコーチを否定するつもりはない。手間がかかるし、結果が出るまで時間もかかるが、自分を実験台にした実験として面白いので続けている。フォームはいずれ人間のプロに見てもらうつもりでいる。その程度には、AIを信用していない。
11週間の中身
2月1日から4月18日までの練習を心拍で分けると、こうなる。
| 強度(心拍) | 割合 |
|---|---|
| Z1(128未満) | 16% |
| Z2(128〜142) | 59% |
| Z3(142〜160) | 23% |
| Z4(160〜169) | 1% |
Z1とZ2を足すと75%。練習の4分の3は、遅く走った。
楽な日ときつい日をはっきり分け、9日で一回りする予定を繰り返した。3月は90分を超える走りが9本。3月23日には、187分で26.3 kmを走った。
結果
4月19日、富士五湖の62.6 kmを8時間29分01秒で走り終えた。平均心拍は139。抑えて走ると決めていた。
走り終えて、脚は残っていた。ただ終盤、心拍を上げようとしても、上がらなかった。
これを初めて経験したのは、2024年の宮古島100kmの最後だった。原因は調べている。エネルギーが尽きたのか、心臓が疲れるということがあるのか。少なくとも、体の疲れが強いときにしか起きていない。
体の傷み方も、数字に残っている。レースの後の安静時心拍の上がり方を、7つのレースで比べると、富士五湖は所要時間から予想される値より5.5拍低く、7つの中で最も小さかった。2日後には元に戻った(第3話)。
80分しか走れなかった体が、11週間後に8時間半を走り、2日で戻った。遅く走ることを疑っていた私は、自分の体で、その逆の結果を見た。
何が分かり、何が分からないか
比べる相手がいない。同じ11週間を速く走った私は、どこにもいない。体重、年齢、走る量の増え方も、結果に混ざっている。言えるのは、遅く走ることを中心にして、ほぼゼロから62.6 kmまで届いた、という一例である。
2026年の夏からは、きつい練習を週に3回入れている。8月から9月は、Z1とZ2が51%、Z4が10%になった。富士山の12kmで、そもそも遅いことが分かったからだ。土台を作る時期と、上を伸ばす時期で、割合は変える。その結果は、第20話で書く。
次の練習で試すこと
自分で試すなら、4週間でいい。練習の4分の3を、走りながら短い文を区切らずに言える速さにする[7]。始める前と4週間後に、同じコースを同じ心拍で走り、かかった時間を比べる。
根拠の強さ:中
1人・1回の実験で、比較の相手がいない。減量の比較試験[5]の対象は若い一流選手で、筋力トレーニングを併用していた。60代の運動未経験者にそのまま当てはまるかは分からない。一流選手の練習の配分は観察研究で[6]、40代以降のトレイルランナーを直接調べた研究はほとんどない。心拍ゾーンの区切りは集計サービス(Intervals.icu)の設定値によるもので、研究でいう「低強度」と同じ定義ではない。
この回の数字の出どころ
- 【実測】体重と減量の平均速度、ゾーン別の割合、走行量と走行時間、レースの記録(宮古島・富士五湖は大会の公式記録)、レース後の安静時心拍
- 【本人証言】運動経験、減量の方針(月5%・総カロリーのみ削減)、食事の記録と体組成の測り方、終盤に心拍が上がらなかったこと、エントリーの経緯、大会を誕生日で選んだこと、遅く走ることを疑っていたこと、9日で一回りする組み方、走り終えて脚が残っていたこと、電池の話
- 【文献】体組成計の推定の仕組み[3]、減量の速さの目安[4]、減量の速さと除脂肪量[5]、一流選手の強度の配分[6]、会話テスト[7]
参考文献
- アベベ(コトバンク). https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%99%E3%83%99-26982
- 宮古島100kmワイドーマラソン(公式). https://www.waido-miyako.com/
- Kyle UG ほか. Bioelectrical impedance analysis—part I: review of principles and methods. Clin Nutr. 2004;23(5):1226-1243.【要確認:巻・頁】
- 米国疾病対策センター(CDC). Losing Weight(2009年時点の公開版). https://webarchive.library.unt.edu/eot2008/20090116002322mp_/http:/www.cdc.gov/nccdphp/dnpa/healthyweight/losing_weight/index.htm 【要確認:現行版の記載】
- Garthe I, Raastad T, Refsnes PE, Koivisto A, Sundgot-Borgen J. Effect of two different weight-loss rates on body composition and strength and power-related performance in elite athletes. Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2011;21(2):97-104.【要確認:巻・頁】
- Seiler S. What is best practice for training intensity and duration distribution in endurance athletes? Int J Sports Physiol Perform. 2010;5(3):276-291. https://doi.org/10.1123/ijspp.5.3.276
- Bok D, Rakovac M, Foster C. An examination and critique of subjective methods to determine exercise intensity: the talk test, feeling scale, and rating of perceived exertion. Sports Med. 2022;52:2085-2109. https://doi.org/10.1007/s40279-022-01690-3